全国戦没者追悼式と「おことば」の意義



全国戦没者追悼式と「おことば」の意義
京都産業大学名誉教授 所  功

いわゆる「戦後八十年」の節目にあたり、さまざまな追悼が例年以上に行われている。郷里の岐阜では、若い有志たちが「終戦80年―感謝の心をつなぐ岐阜県プロジェクト」を立ち上げ、県内出身の戦没者の家族あて遺書(44名)をパネルと動画にして、県内の各所で八月から年末まで巡回展を行い、好評を博しつつある。
その最たる恒例行事が、八月十五日の「全国戦没者追悼式」にほかならない。これに先行するのは、対日講和条約の発効により、「戦争状態」が終結して独立を遂げた昭和二十七年(一九五二)の四月二十八日から僅か五日目の五月二日、政府主催により新宿御苑で追悼式が催された。その際、天皇(50)が皇后(48)と共に行幸され、十時から黙祷の後、次のような「おことば」を賜った(宮内庁編『昭和天皇実録』刊本第十一)。
今次の相つぐ戦乱のため、戦塵に死し職域に殉じ、また非命にたおれたものは、挙げ  て数うべくもない。衷心その人々を悼み、その遺族を想うて、常に憂心やくが如きも  のがある。本日この式に臨み、それを思い彼を想うて、哀傷の念新たなるを覚え、こ  こに厚く追悼の意を表する。
しかし、まだ臨時の行事であって、三年後の昭和三十年(一九五五)八月十五日条によれば、那須の御用邸で「お慎みになる」と共に、「過去十年の間に全国民がつぶさに嘗めた辛苦を思うと、真に胸に迫るものがあるが、全国民の努力によって今日の復興を見るに至ったことは喜びに堪えない。・・・」との談話を公表されたに留まる(同上刊本第十二)。

その後、昭和三十八年(一九六三)の八月十五日、政府主催の「全国戦没者追悼式」が日比谷公会堂で催され、正午に黙祷の後、天皇(62)から、初回と同趣の「おことば」を賜った。ついで、翌三十九年八月十五日には、日本遺族会などの強い要望もあって、政府主催の追悼式が靖國神社の境内(参道広場)で催され、正午に黙祷の後、天皇より「戦没者及び遺族に対する追悼のお言葉」を賜っている(同上刊本第十三)。
さらに、翌四十年(一九六五)からは、前年完成した国立日本武道館で六十年後の今に至る形の追悼式が政府主催により励行されてきた。これは一般に無宗教といわれ、ほとんど批判されていないことに注目する必要がある。
ちなみに、明治二年(一八六九)創立の「東京招魂社」(同十二年に「靖國神社」と改称)は、「癸丑(嘉永六年・一八五三ペリー来航)以降、国事に斃れ候ふ諸士及び草莽有志の輩・・・霊魂を永く合祀」する本旨に基づき、近現代の内外戦に殉じた戦死者(軍人・軍属など)総計二四六万六千余柱を一括「靖國大神」として神式により祀っているが、大東亜(太平洋)戦争中の空襲・原爆などにより亡くなった民間人は含まれていない。ただ、柳田国男翁の助力により昭和二十二年から七月の旧盆に行われ始めた「みたま祭」は、軍民すべての「戦没者鎮魂行事」である(詳しくは拙著『靖國の祈り遥かに』平成十四年、神社新報社新書、拙稿「靖國神社みたま祭の成立と発展」平成十九年『明治聖徳記念学会紀要』四四号〈ネット公開〉も参照されたい)。
念のため、毎回中央の式壇に建てられる大きな標柱には「全国戦没者之霊」と書かれている。これは全国戦没者の霊魂が降臨する神式の神籬(ひもろぎ)に近似しており、それに向って天皇・皇后両陛下をはじめ参列者も大多数の国民も一斉拝礼する。これは広義の公的祭典とみなしてよいであろう。

しかも、その際に天皇ご自身が心をこめて述べられる「おことば」のもつ意味は大きい。それを通覧して気付くことは、昭和二十年(一九四五)八月十五日の「玉音放送(終戦詔書)と通底することである。
その一つは、「帝国臣民にして戦陣に死し職域に殉じ非命に斃れたる者、及びその遺族に思ひを致せば、五内(全身)為に裂く」と、痛切な哀悼の念を、「詔書」にも「おことば」でも表明されている。もう一つは、「朕は、時運の趨く所、堪へ難きを堪へ忍び難きを忍び、以て万世の為に太平を開かんと欲す」と、平和な日本構築に尽力する決意を述べておられる。
もちろん、「おことば」には、時代と共に変化もみられる。大戦当事者の昭和天皇は、前者の追悼に重点を置かれたが、疎開体験のある平成の天皇は、後者に積極的なご意向を示され、さらに戦後復興後に成育された今上陛下は、両者を受けとめつつ「戦中・戦後の苦難を今後とも語り継ぎ、私たち皆で心を合わせ、将来にわたって平和と人々の幸せを希求し続けていくことを心から願います」(今回の「おことば」)との誓いを新たにされている。
我国が激動する世界の一角で平和を保持していくには、天皇の「おことば」にこめられている深く広い御心をしっかり理解し、皆で心を合わせて(小異・利害を超えて)各々の持場で為しうることに取り組んでいきたい。  (令和七年八月十六日記)

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