(15)東日本大震災から何を学びえたか



この三月十一日、あの東日本大震災から満三年を迎える。

平成七年(一九九五)一月十七日の阪神淡路大震災にも驚いたが、東日本では未曾有の大地震に伴い、大津波と福島原子力発電所の爆発という大惨禍まで重なった、という厳しい現実を今あらためて思い起こし、そこから何を学びえたか、これから何を為しうるか、自らに問うている。

振り返ってみると、私は大震災直後、京都産業大学のゼミ生らに呼びかけて、卒業式と入学式を中心に募金活動を行ったが、あまり長続きしなかった。その六月、理事を仰せつかっている國民会館のニュースレターに「日本の再生に向けて」と題する小文を寄せ、この中で「現代社会の価値観を考え直す」必要性を指摘したことがある(同文を翌春『古希随想』の序に収録した。参考までにPDFで転載添付する。)

ついで翌二十四年四月から勤務中のモラロジー研究所は、千葉県柏市にあり、大震災直後から積極的に物心両面の支援活動を続けている。しかし、私は他用に追われて何の手伝いもできないため、せめて自分の思いを未知の人々に伝えようとして、昨年の三月十日から従兄弟の協力により、当「かんせいPLAZA」を立ち上げたのである。ここには勝手な雑感を書いてきたにすぎないが、日本に正気と元気を取り戻すために少しでも役立つことを念じている。
なお、三年前、被災者の救出と行方不明者の捜索に命懸けで最も貢献したのは自衛隊である。その関係者から依頼を受けて、昨年八月、青森県八戸市の海上自衛隊航空基地へボランティア出講してきた。

その際、仙台から松島を経て石巻の被災地を廻り、とりわけ全校の教職員と生徒の大部分(78人中74人)が流された大川小学校の廃墟に立って、あの非常事態に自分なら何ができたのかを、深刻に考えさせられた。その時に案内して下さった人々などから教えられたことは極めて多く、それを心の奥でかみしめながら今に至っている。

(平成26年3月10日)

添付資料

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