「皇族数の確保」案に潜む迷信と誤認の払拭



「皇族数の確保」案に潜む迷信と誤認の払拭
(京都産業大学名誉教授 所  功
二年前の正月から政府が国会に提示した「皇族数の確保」案は、衆参両院議長のもとで与野党の協議に委ねられた。それに応じて本日(五月十五日)夕方の全体会議で「立法府の総意」なるものが報告された。高市政権では、これに基づいて「皇室典範」の部分的改正法案を作り、今国会中に成立を急ぐという。
しかしながら、あらためて政府案を見直すと、本質的な問題が潜んでいる。忌憚なくいえば、歴史上に存在しない観念を絶対視しており、また法制的に危険な恣意性を正統化している、とみられるからである。
そもそも政府案は、平成二十九年(二〇一七)の「皇室典範特例法」の成立条件とされた与野党合意の「附帯決議」に基づくべきところ、最も重要な「皇位の安定的継承」を棚上げしたこと自体、一種の迷信にとらわれているからであろう。それは「皇室典範」の定める「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する」という条文を絶対的な原理と信じ込み、「男系の男子」が二代先まで実在されていることを理由として、これを検討の対象外としたのであろう。
それにも拘わらず、「皇族数の確保に資するため、第一案で「皇族女子」が一般男性と結婚されても皇室に留まりうるとする一方、その夫も子も一般身分のままで皇族の身分にしない、という不自然な形を捻り出した。それは、その子を皇族にすれば、やがて皇位継承の資格を有し〝女系天皇〟となる恐れがあると考えたからであろう。
しかしながら、すでに何度も論じてきたが、日本の皇室には元来「男系」も「女系」もないことこそ、歴史的に重要な点なのである。男系というのは、中国王朝のように父姓の系統(父系)を絶対とする男尊女卑の観念である。それと異なり、大和朝廷の成立以来、唯一至高の大王=天皇には姓がなく、有力者たちに姓を賜与する立場にあった。今も皇室(内廷も宮家も)には名字が無い。従って、日本の皇位継承者を「男系の男子」に限った旧典範・新典範の規定は〝迷信〟の産物だといわざるをえない。
もう一つ、政府の第二案も、男系の男子を絶対視する迷信に立脚している。いわゆる旧十一宮家は、戦後(昭和二十二年十月)に皇籍離脱を余儀なくされてからも、皇室に倣って男系男子による相続に拘われてきた。そのために、旧宮家において一般国民として生まれ育った子か孫の世代で男子が実在するのは四家しかない。その中に「養子」として皇族となるに相応しい人がいるか否か判らないが、いると断言する一部論者の主張に基づいて養子案が正統化されている。
しからば、その対象は前述の旧宮家子孫に限られるのか、いわゆる男系男子ならば、南朝の子孫とか、摂関家を継いだ子孫とか、戦前に臣籍降下した方の子孫なども含まれるのかも問題になる。かように不確かで恣意性が懸念されるにも拘わらず、養子案ならば「皇族数の確保」が可能というのは、意図的な誤認といわざるをえない。
そうであれば、早急に迷信や誤認を払拭しなければならない。その上で、皇位継承者は「皇統に属する皇族の身分にあること」を必須要件とし、現実的に天皇の実務を担い続けるには皇族男子を優先すると共に、万一に備えて皇族女子にも資格を公認しておく、という無理のない道を法的に制度化する必要があろうと考えている。                           (令和八年五月十五日記)

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