新法案の意図は「皇族女子宮家」を阻止し「養子皇族継承」を推進
京都産業大学名誉教授 所 功
六月二十五日に公表された「皇室典範の一部を改正する法律案」の要綱を何度も通読した。しかしながら、その意味は直ちに理解し難い。それは当方に読解力が乏しいためか、あるいは意図的に表現を曖昧にしてあるためなのか。もし後者ならば、手の込んだ目眩まし(めくらまし)シナリオとの謗りも免れないであろう。
事は皇室の永続に関わる重大問題である。この課題に関心をもつ私は、かねてから政府案と国会協議が報道されるごとに、評価しうる点と批判すべき点を率直に指摘してきた。しかも、このたび政府から国会に提示された法案(要綱)には、より深刻な疑問が湧き、到底看過ごすことが出来ない。以下、その理由を具体的に説明させて頂こう。
※以下、引用文に符号を冠し、原文の丸括弧を「 」とし、私注を丸括弧内に加筆した。
法律案の要綱は、Ⅰ「第一、皇室典範の一部改正/一、内親王及び女王(皇族女子)が婚姻により皇籍を離れないこととすることに関する事項/⑴⑵⑶⑷(内容省略、一部後掲)/二、皇族の養子に関する事項/⑴~⑻(同上)」、Ⅱ「第二、皇室経済法の一部改正/1・2(同上)、Ⅲ「第三、昭和二十二年法律百十一号[皇族の身分を離れた者及び皇族となった者の戸籍に関する法律] の一部改正/1~4(同上)」、Ⅳ「第四、住民基本台帳法の一部改正(同上)」、Ⅴ「第五、付則/1~5(同上)」から成る。
このうち、Ⅰの一は、令和三年に政府が纏めた「皇族数の確保」策の第一案を実現しようとするものであり、これは早急に必要な措置である。ただ、その第一案に、皇族女子と家族になる「配偶者(夫)と子は、特別の身分を有せず、一般国民としての権利・義務を保持し続けるものとする」という条件を付けたこととが問題となり、「国会の総意」では一部野党の異論に配慮して、この点を先送りした。それにも拘わらず、今回の法律案は、夫も子も皇族にしないという本心を隠し、巧妙に作文されているようにみえる。
なぜそれが判るかといえば、Ⅱの1で「独立の生計を営む内親王及び女王に対する皇族費」などは、「親王及び王(皇族男子)に対する皇族費と同額」とすると記しながら、その夫と子については何も書いていない。それは皇族にしないつもりだからであろう。では、夫と子の生活費・活動費はどうするのか。妻・母の当主から皇族費の一部を支給してもらうのか、一般国民として各自で稼ぐのか、当事者にとって不安この上ないであろう。これによって、皇族女子個人の身分保持はできるにしても、その方を当主とす家族一体で生活し活動しうる「皇族女子宮家(女性宮家)」はできないことになる。
また、Ⅳで一般男子と婚姻する皇族女子は、「住民基本台帳を適用」するとあるから、その台帳に氏名・生年月日・性別・世帯主との続柄・現住所などを記載することになる。
この点は、他の皇族ならば『皇統譜』の『皇族譜』に記載されるだけでよい。にも拘わらず、その夫や子を皇族としないつもりだからであろうが、わざわざ皇族の妻と一般国民の夫・子との関係が判るようにしておく措置とみられる。
その妻は皇族だから当主(世帯主)になると思われるかもしれないが、皇族には姓(名字)が無いのに対して、夫や子は一般国民のままなら従来の姓(名字)を書き入れることになる。あるいは、皇族女子の夫を皇族としないかわりに、その夫を持ち上げるため、世帯主とする住民台帳を作るようなことになるかもしれない。いずれにせよ、それによって、いわば夫婦別姓の状態になることを、家族の一体性を堅持するためとして夫婦別姓に反対してきた人々は、なぜ違和感をもたないのだろうか。
ちなみに、Ⅲの3では、「養子となったときは、その戸籍から除かれる(「皇統譜」に登載する)ものとする」と明記するが、それは一般国民として生まれ育った人でも、旧宮家の男系男子孫だから皇族にするということを前提としての措置とみるほかないであろう。
この養子皇族に関しては、かなり詳しくはっきり記されているが、具体的なケースなどを考えてみると、予想外の事態を招きかねないことが危惧される。それを判りやすくするため、あえて実在の皇族名などもあげる非礼を、何卒ご海容いただきたい。
まずⅠの二⑴には、「皇室典範の末尾に章を新設し、皇族の養子を禁ずる第九条の規定の例外として、(現皇室の)親王・親王妃・内親王・王・王妃及び女王[皇嗣及び皇嗣妃を除く]は、皇室会議の議を経て、(昭和二十二年十月まで)皇室典範による皇族男子であった者(旧宮家皇族)の嫡男系嫡出の子孫で(一般国民として生まれ育った)現に皇族でない年齢十五歳以上の男性であって、配偶者及び子がないものに限り、養子とすることができるものとする」とある。
これによれば、皇族間の養子を禁ずる現行典範第九条の本則を残したまま、「例外」として養子皇族を公認する「章を新設」することになる。それならば、皇族女子の婚姻による身分保持に伴い夫と子も皇族にすることをも、本則の「例外」として明記することができるはずである。しかし、それを全く考慮しないで、結果として否定に導くのは、姑息な手法といわざるをえない。
また養子を受け入れる皇族(養親)の範囲と、養子に出る男系男子の年齢などは、何を意味するのだろうか。養親となりうる方々でも受け入れを希望されない場合、法的に可能となったから是非承諾してほしいという外的な圧力が加わることも懸念される。同様に、法的に養子となりうる人(旧宮家の男系男子孫で十五歳以上の独身者)が現存しているとしても、本人に皇族となる意思がない場合、その親族や関係者などから、皇室のために是非承諾してほしいという説得が行われることもないとはいえない。
たとえば、あくまで甚だ失礼な仮定のシミュレーションにすぎないが、悠仁親王(現在二十歳)は、父上の秋篠宮礼仁親王(現在六十歳)が二~三十年先に皇位を継承されるとすれば、それまでは「皇嗣」の立場にない親王であるから、この法によって養親となりうる。それまでに(二十年先なら四十歳、三十年先なら五十歳)、おそらく結婚されているであろうが、万々一そこに男子を授からないとか、同妃に男子を産まなければならないプレッシャーを除くためと称して、前記の条件に叶う男系男子を養子として受け入れるほうがよいと、御本人が決断されなくても周辺から強く要請されて、縁組が実現するような場合、その養子皇族の子(皇族)が皇位継承順位の上位にあがることになるのではないか。
これは杞憂かもしれないが、実はⅠの2⑴に「養子皇族男子である王は、意思に基づき皇族の身分を離れることができないものとする」とある。この「王」は養子当人だけかその子も含むかはっきりしないが、いずれにせよ現行典範の第十一条②によれば、親王のうち皇太子と皇太孫に限り皇位を継ぐ順位が高いから皇族の身分を離れてはならない、という特別な位置づけに準ずる「王」とすることになるのではなかろうか。
ちなみに、この「王」が養子当人でなく、その子の場合は、第十一条の①により他の王と同様「その意思に基づき、皇室会議の議により、皇族の身分を離れる」ことになるかもしれない。しかしながら、この養子皇族策は、男系男子主義に基づいて、現皇室の男子皇族に男子を得られない場合に備えて、傍系者を養子として皇族にすることが目的であろうから、養子の子も皇太子・皇太孫に準ずる扱いとしておく意図があるのではないかと疑われる。万々一そうなれば、皇位は現在の皇室ではなく、養子という形で接ぎ木された傍系へ移り替わるような異常事態になるのではなかろうか。
念のため、この法律案Ⅰの二⑸に「養子皇族男子(当人)及び養子皇族男系子孫としての地位は、実方(旧宮家)の系統によるものとする」とある。しかし、これは宮中における序列(席次など)を現皇族男女の後にする措置であって、皇位継承の順位は現典範の第一条・第二条により男系男子のみを長系長子優先としているから、現皇族に男子不在の場合は、順位が後の傍系王でも皇位を継承できることになるのではなかろうか。
さらに、Ⅴの五の⑴⑵で、「この法律による改正後の皇室典範の規定については、その施行の状況を踏まえて所要の検討を加え・・・皇族数の確保の状況等を勘案し、必要があると認められるときは三十年ごとに見直しが行われるものとする」とある。しかし、この「三十年ごとに見直し」の対象とされるのは何か。前述したⅠの一(皇族女子の身分持続策)と二(旧宮家男系男子孫の養子皇族化策)の両方であろうが、この両策により「皇族数の確保」が順調に実現できるかどうか判らない。むしろ一は、現在未婚の皇族女子が減らない対策にすぎず、また二は皇族となるにふさわしい本人(及び当家)とその養子を受け入れる現在の皇族(宮家)の合意が成り立たなければ実現しないのだから、簡単に増えていくとは考え難い。
そうであれば、すでに二十年以上前から懸念されていた皇族数の確保(減少対策)こそ、今回の改正課題だったのであり、改正法でも容易に改善(増加傾向)に転じえない実情を直視して、随時検討を続けることが不可欠であり、呑気に三十年先まで検討しないでよいはずがない。
以上、取り急ぎ「改正法案」(要綱)の問題点などを指摘してきた。率直にいえば根本的に再検討する必要がある。そのためには、皇統の男系男子限定主義を絶対原理と信じ込んでいる人々が、あらためて皇位継承の歴史を振り返り、無理な拘(こだわ)りから目覚めて、皇族の男子を優先するとしても皇族の女子を排除しない(共に即位されたら存分に活躍できる)日本古来の在り方を素直に認められることを、心の底から願ってやまない。 (令和八年六月二十五日夜稿)

