「立法府の総意」で懸念される想定外のシナリオ
京都産業大学名誉教授 所 功
「皇族数の確保」案に関する「立法府(国会)の総意」が、六月十日、全与野党の全体会議で了承され、政府で早急に皇室典範改正の法案作成を進めることになった。しかも、高市内閣では、それを今国会中(七月十七日まで)に成立させたい意向だという。
ところが、今回の「総意」報告(とりまとめ案)を改めて読み直し、それに基づく法案成立後の運用について考えをめぐらすと、重大な懸念を否定できない。その一端を記し、関係者各位に再考を求めたい。
まず政府の提示した第一案は、平成二十九年の皇室典範特例法案に伴う附帯決議を承けたものとみなすのが自然であろう。それゆえ私も、これは「女性皇室の創設」案だと解してきた。ところが、報告には「内親王・女王が婚姻後も皇族の身分を保持すること」を可能にするだけで、皇族女子を当主とする女性宮家の創設を明言していない。
つまり、皇族女子(内親王・女王)で承諾する方がおられるならば、結婚後、個人として「皇族の身分を保持する」が、その夫も子も皇族にしないことにすれば、仮に「宮家」と称しても一代限りで終わらせる意図が見え隠れする。これでは「皇族数」の減少を一時的に留めるにすぎないが、男系男子論者たちは、それによって「女性宮家から女性天皇が生まれ女系天皇への道を開くこと」が不可能となる(遮断できる)と見越した巧妙な案なのではなかろうか。
しかしながら、それでは附帯決議の要請に反しており、また皇族数の確保(増加)にも繫がらない。当面必要なことは、皇族としての公務を分担できる方々を増やすことであり、それには女性宮家を創設し、その夫も子たちも皇族とすることにより、皇族の増加を可能にすることである。その子孫に皇位継承の資格を認めるかどうかは、二代先を考えながら、検討して決めればよいことだと思われる。
一方、政府の提示した第二案の養子皇族化案は、平成十七年(二〇〇五)の有識者会議で検討して、無理な策だと退けられた。それにも拘わらず、男系男子絶対論者たちの働きかけにより、数年前から政府案に付け加えたものであるが、今や与野党の多くが賛同している。
しかしながら、これを具体的に考えてみると、旧宮家の男系男子孫で一般国民として生まれ育ちながら、養子として皇族になることを決意する人を見つけ出すことは容易でない。もしそれが可能だとしても、そのような養子を迎えたいと希望される方が現皇室に居られるか否か判らない。
ただ、あえて具体例を考えてみると、森議長の説明によれば、内廷と皇嗣の家族は対象外とされているので、いわゆる養親としては、御子のない常陸宮家(当主90歳)が最も注目されよう。すると、同家で養子を迎えるご意向が無くても、せっかく制度ができたら同家を存続させるため、また皇族数を増やすために、ぜひ受け容れてほしいという外的な圧力が加わる恐れもないとはいえないであろう。
ついで、三笠宮家に姉妹二方(彬子女王45歳と瑤子女王43歳)と高円宮家に長女(承子女王40歳)が未婚で居られる。ところが、この方々は第一案により一般男性と結婚されても皇族として留まることができるのだから、そこに養子を迎えられる必然性はほとんどない。すると、残るのは、昨年出来た「三笠宮寛仁親王妃家」(信子さま66歳)を養親とする養子縁組が全くないとは言い切れない。しかし、いうまでもなく妃殿下は民間出身であって、皇室に生まれ育った人ではない。
それにも拘わらず、万々一そこに旧宮家の男系男子孫が養子として入り(既婚者であれ未婚者であれ)、もし男子が生まれたならば、皇位継承の資格を有することになる可能性が高い。すると、失礼な仮定ながら二代先の悠仁親王が結婚されても男子に恵まれない場合、この信子妃殿下の養子のもとに生まれる男子が皇位を継承することになるかもしれない。そんなことは無いと思われるが、絶対にないとは言い切れないであろう。
さらに、このような現存宮家との養子縁組が不可能な場合、かつて日本会議の有力者などが推奨し、政府に働きかけた「皇統に属する男系の男子を法律により直接皇族とすること」という第三案が浮上してくるかもしれない。これは、今回の「総意」に入っていないが、元来「第一案・第二案で皇族数が十分に確保できない場合に検討する」と後廻にされただけで、まだ生き残っていると解する人々は、皇族数を増やすためと称して、現在の皇室とは極めて縁の遠い別系統の皇族グループ(旧伏見宮系皇族)を作るべきだと主張するのではないか。しかも、それは近世の世襲親王家に似せて四家ほど作ることを提言している男系男子論者も現存するから、単なる空想ではないことになろう。
しかしながら、このような養子皇族化案や傍系皇族創作案を、国民の多くが納得するであろうか。時あたかも本日(六月十一日)、天皇陛下(66歳)は皇居で記者会見に臨まれ、控え目に「国民の皆さんの理解が得られるものとなることを望んでおります」と述べられた。政府と国会の関係者たちは、この御意向を真摯に受けとめ、上述のごとき想定外のシナリオが杞憂(取り越し苦労)に終わるよう、国民の注視する衆参両院の法案審議で是々非々を明白にする論議を尽くして頂きたい。 (令和八年六月十一日夜半記)

