「皇室典範」の改正に「皇室会議」の関与必要
京都産業大学名誉教授 所 功
現政府(高市早苗政権)は、「皇室典範の一部を改正する法律」の案文を、六月二十六日、木原稔官房長官から自民党の合同会議で提示し、まもなく(三十日以降)閣議決定するという。その前日、すでに要綱が国会両院の全体会議で諒承され、森英介衆議院議長が全党会派に対して「今国会中に結論を出してほしい」と要請したことも報じられている。
しかし、こんなことでよいのだろうか。日本国・国民統合の象徴と現行憲法に定められる天皇により代表される皇室の在り方を規制する特別な法律「皇室典範」を、八十年ぶりに改定する重大性を考えれば、より慎重に手続きを尽くし、一般国民に理解と納得のえられるようにすることが、ぜひとも必要だと思われる。
それは、当事者であられる天皇と皇族たちの御意向を承り、それに沿った(少なくとも反しない)法律案を作り、その大筋について御諒解を賜った上で改正法案を確定し、それを国会に上程することである。
このような手続きをとろうとすれば「皇室典範」第五章に定めのある「皇室会議」に諮ることが考えられる。それゆえ私も、二年余り前(令和六年四月、Hpに「皇室会議の現行規定と改正への提案」を掲載した(拙著『「皇族の確保」急務所見』同年九月所収)。
この皇室会議は、旧典範の「皇族会議」と異なり、「皇族二人、衆議院及び参議院の議長及び副議長、内閣総理大臣、宮内庁の長、並びに最高裁判所の長たる裁判官及びその他の裁判官一人」の十名を議員としている(第二十八条)。このうち総理大臣が議長となり、議長によって招集される(第十三条)。そして「皇室会議は、この法律(典範)及び他の法律(特例法など)に基づく権限のみを行う」(第二十七条)とある。
そこで、典範を通覧すると、第十条に㋑「立后及び皇族男子の婚姻は皇室会議の議を経ることを要する」とある。また第十一条には㋺「年齢十五年以上の内親王及び女王は、その意思に基づき、皇室会議の議により、皇族の身分を離れる。」㋩「親王[皇太子及び皇太孫を除く]、内親王及び女王は、前掲の場合の外、やむをえない特別な理由があるときは、皇室会議の議により、皇族の身分を離れる。」とある。他にも㋺㋩と同じく第十二・十四・十六・十八・二十条などに各一項「皇室の議により」とあるが、当面省略する。
この㋑と㋺㋩は皇室構成員の増減に直結する重大な事項であるから、皇族と三権の代表関係者からなる「皇室会議」に諮ることが特に定められているのであろう。
そうであるならば、今回の課題は「皇族数の確保」にほかならないから、政府の第一案も第二案も「皇室会議の議」を経る(又はよる)ことにしなければならなかったはずである。そこで、今回の「改正案」をみると、第十条で㋑の「皇族男子」を「皇族」に改め、皇族の男子も女子も婚姻の際は「皇室会議の議を経る」ことにしたのは、当然ながら評価してよい。しかし、今回は先送りすることになったが、政府案の意図は、その配偶者(夫)を皇族とせず、一般国民のままとする方針らしく、そんな身分違いの婚姻について皇室会議の議を経ることに異議を生ずる恐れがある。
それに対して、今回の改正案は、政府の第二案を重要視して「皇室典範」に「第六章 養子皇族男子」を新設し、第三十八条に「(養親となりうる)親王、親王妃、王、王妃、及び女王[皇嗣及び皇嗣妃を除く]は、皇室会議の議を経て、この法律による(昭和二十二年十月まで)皇族男子であった者の嫡男系摘出の子孫である、現に皇族でない(いわゆる旧宮家男系男子孫)年齢十五歳以上の男子であって、配偶者及び子がないものに限り、養子とすることができる。縁組による養子は、当該縁組の時から、皇族となる」と明記する。
これにより、皇族女子は結婚しても皇族の身分に留まりうるにせよ、夫も子も一般国民のままとされたら、皇族として夫婦・親子で家族を構成する宮家とならないことになる。一方、養子皇族男子は、縁組が成立すれば皇族となり、その夫妻の子の代から男子は皇位継承の資格を有する、いわば養子皇族宮家を作ることになる。
このような区別(差別)を制度化するのは、大前提として男系男子皇族による皇位継承を絶対原理と信奉しているからである。しかし、その養子皇族から、必ず男子をえられるとも限らないので、「皇族数を確保」するには、複数(一説に四件)の養子縁組を成立させる見込みといわれている。これは養子となる側(旧宮家)だけでなく、より重要な養親側(現皇室)にとっても、極めて重要な事態を迎えることになる。それゆえ、本来ならば制度化(法案作成)に先だって、皇室(内廷と宮家)の方々に充分な理解と納得をえておく必要があり、そのために「皇室会議」を開くことが当然だと考えられる。
しかしながら、皇室会議の実例をみると、前記㋑の「皇族男子の婚姻」に際して、ほとんど調整ずみの皇太子・各親王の婚姻を最終承認するのみで、実質的な審議はない。また、平成二十八年(二〇一七)成立の「皇室典範特例法」に基づき高齢の天皇陛下が「退位」(譲位)される日程の決定に際しても開かれたが、形式的な手続きにすぎない。
さらに、昭和二十二年(一九四七)十月十三日、新典範による初めての皇室会議では、前記㋺㋩により「(伏見宮)博明王を始め内親王・王・女王合せて十四方が皇族の身分を離れる件について審議が行われ、全会一致をもって可決される。これに伴い、王妃並び(に)直系卑属の王・王妃・女王合わせて三十二方も皇族の身分を離れることになり、また寡婦五方も、その意思により皇族の身分を離れることとなる」(宮内庁編『昭和天皇実録』刊本第十、東京書籍)とあり、これによって伏見宮系十一宮家の皇族(男性二十六名、女性二十五名)が皇籍を離れたのであるが、この時も前年来の既定事実を承諾したにすぎず、実質的な審議はない。
従って、今回も事前に皇室会議を開くことは難しかったのであろう。とはいえ、重要な本則を残しながら第六章(養子皇族男子)を新設するのであれば、やはり皇族議員(二名)が事前に皇室の御意向を纏められ、会議で表明しうるようにすべきであったと思われる。
これは今後、あらためて現状を直視しながら「皇室典範」の本格的な改正に取り組む際、政府でも国会でもぜひ検討して頂きたい。現政府関係者は、皇室制度を担って下さる天皇陛下・皇族たちに感謝と敬意をもっているのであれば、首相自身が直ちに趣旨説明のため参内して「内奏」し、また審議の過程も宮内庁長官を介してであれ、皇室に逐次報告して御理解を賜るような誠意を示してほしい。 (令和八年六月二十九日記)

