[終戦詔書]の原文と現代語訳



[終戦詔書]の原文と現代語訳

京都産業大学名誉教授  所  功

 

昭和20年8月15日正午に玉音放送で公表された[終戦詔書]は、今あらためて拝読しますと、ここに日本再建の原点があると言っても良いかと思われます。

藤原書店のPR誌[機はた]8月号に掲載された拙稿全文を、ここに転載させて頂きます。念のためPDFデータも添付します。ご活用願います。

 

「終戦の詔書」を現代語訳で読み解く

昭和二十年八月の御聖断と終戦詔書

京都産業大学名誉教授 日本法制文化史     所   功

御前会議における停戦の御聖断

平成二十六年(二〇一四)完成された宮内庁編『昭和天皇実録』によれば、昭和二十年八月十日未明、「最高戦争指導会議」に臨御された昭和天皇は、「議長の首相(鈴木貫太郎)より聖断を仰ぎたき旨の奏請を受けられ」て、「股(こ)肱(こう)の軍人から武器を取り上げ、臣下を戦争責任者として引き渡すことは忍びなきも、大局上、三国干渉時の明治天皇の御決断の例に倣い、人民を破局より救い、世界人類の幸福のために、外務大臣(東郷茂徳)案にて、ポツダム宣言を受諾することを決心した」との旨を仰せられた。

ついで、十三日から翌朝にかけて天皇は「戦争終結への極めて固い御決意」を関係者に伝えしめられ、十四日午前十一時「御前会議に臨御……重ねて御聖断を下された」。その際、「戦争を継続すれば、国体も国家の将来もなくなること、これに反し即時停戦(中略)すれば、将来発展の根基は残ること」など五つの理由により「決心した旨を仰せられ、各員の賛成を求められ」た結果、午後の閣議で「大東亜戦争終結に関する詔書案」などの審議が行われて決定されるに到った。

 

詔書に示された天皇の御真意

一般に日本はこの時「終戦」を迎えたといわれる。ただ、厳密にいえば、「わが国と連合国との戦争状態」は、昭和二十七年四月二十八日「講和(独立)条約」の発効により終了したことになる。

この二十年八月十四日の詔書では「米英支蘇に対し、その共同(ポツダム)宣言を受諾する旨を通告」して「大東亜戦争終結」という「非常の措置を以て、時局を収拾せん」とする経緯と御真意を「忠良なる爾臣民に告」げられたのである。

その要点を抄出すれば、日本が昭和十六年十二月八日「米英二国に宣戦せる所以(理由)」は「帝国の自存と東亜の安定とを庶幾(希望)する」以外にない。しかし、四年に及ぶ交戦で、将兵・有司・衆庶が「各々最善を尽く」したけれども、戦局好転せず、その上「敵は新たに残虐なる(原子)爆弾を使用して、頻りに無(む)辜(こ)を殺傷」するに至った。したがって、このまま交戦を継続すれば「我が民族の滅亡を招来」し「人類の文明をも破却」するおそれがあるので、「共同(ポツダム)宣言に応」ずることにされたのである。

また、この大戦により「戦陣に死し職域に殉じ非命に斃れたる者、及びその遺族に想を致せば、五内(五臓)為めに裂く(悲しみの極みである)。かつ戦傷を負ひ災禍を蒙り家業を失ひたる者の厚生に至りては、朕の深く軫念(憂慮)する所」である。しかしながら、「時運の趨く所、堪へ難きを堪へ、忍び難きを忍び、以て万世の為に太平を開かん」と一大決心をされたのである。

さらに、この決断により「国体を護持し得」ること、また天皇は「爾(なんじ)臣民の赤誠(真心)に信倚し、常に爾臣民と共に在」ること(君民一体)、それゆえに、今後とも「挙国一致、子孫相伝へて……総力を将来の建設に傾け、道義を篤くし、志操を鞏(かた)(固く)し、誓って国体の精華を発揚し、世界の進運に後(おく)れざらんことを」強く求めておられる。

何と正々堂々たる御聖旨であろうか。いわゆる戦後八十一年を迎えるにあたり、この詔書を精読して、今私共は何を為すべきかを真剣に考えたいと思う。

 

終戦詔書の原文と現代語訳

*原文に句読点と濁点・ルビなどを加えた。

朕深ク世界ノ大勢ト帝國ノ現状トニ鑑(かんが)ミ、非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ收拾セムト欲シ、茲(ここ)ニ忠良ナル爾(なんじ)臣民ニ告グ。

朕ハ帝國政府ヲシテ米英支蘇四國ニ對シ、其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨、通告セシメタリ。

抑ゝ(そも)帝國臣民ノ康寧ヲ圖(はか)リ萬邦共榮ノ樂ヲ偕(とも)ニスルハ、皇祖皇宗ノ遺範ニシテ、朕ノ拳々措(お)カザル所、曩(さき)ニ米英二國ニ宣戰セル所以モ、亦實ニ帝國ノ自存ト東亞ノ安定トヲ庶幾スルニ出テ、他國ノ主權ヲ排シ領土ヲ侵スガ如キハ固(もと)ヨリ朕カ志ニアラズ。

然(しか)ルニ交戰已(すで)ニ四歳ヲ閲シ、朕ガ陸海將兵ノ勇戰、朕ガ百僚有司ノ勵精、朕ガ一億衆庶ノ奉公、各ゝ最善ヲ盡セルニ拘ラズ、戰局必ズシモ好轉セズ。世界ノ大勢亦我ニ利アラズ。

加之(しかのみならず)敵ハ新ニ殘虐ナル爆彈ヲ使用シテ頻(しきり)ニ無(む)辜(こ)ヲ殺傷シ、慘害ノ及ブ所眞(まこと)ニ測ルベカラザルニ至ル。

而モ尚交戰ヲ繼續セムカ、終(つい)ニ我ガ民族ノ滅亡ヲ招來スルノミナラズ、延テ人類ノ文明ヲモ破却スベシ。斯(かく)ノ如クムバ朕何ヲ以テカ億兆ノ赤(せき)子(し)ヲ保シ、皇祖皇宗ノ神靈ニ謝セムヤ。是レ朕ガ帝國政府ヲシテ共同宣言ニ應ゼシムルニ至レル所以ナリ。

朕ハ帝國ト共ニ終始東亞ノ解放ニ協力セル諸盟邦ニ對シ遺憾ノ意ヲ表セザルヲ得ズ。帝國臣民ニシテ戰陣ニ死シ職域ニ殉ジ非命ニ斃(たお)レタル者、及其ノ遺族ニ想ヲ致セバ五(ご)内(だい)爲ニ裂ク。且(かつ)戰傷ヲ負ヒ災禍ヲ蒙(こうむ)リ家業ヲ失ヒタル者ノ厚生ニ至リテハ、朕ノ深ク軫念スル所ナリ。

惟(おも)フニ、今後帝國ノ受クベキ苦難ハ固ヨリ尋常ニアラズ。爾臣民ノ衷情モ朕善ク之ヲ知ル。然レドモ朕ハ時運ノ趨(おもむ)ク所、堪ヘ難キヲ堪ヘ忍ビ難キヲ忍ビ、以テ萬世ノ爲ニ太平ヲ開カムト欲ス。

朕ハ茲(ここ)ニ國體ヲ護持シ得テ、忠良ナル爾臣民ノ赤誠ニ信倚シ、常ニ爾臣民ト共ニ在リ。若(も)シ夫(そ)レ情ノ激スル所、濫(みだり)ニ事端ヲ滋クシ、或ハ同胞排擠互ニ時局ヲ亂リ、爲ニ大道ヲ誤リ信義ヲ世界ニ失フガ如キハ、朕最モ之ヲ戒ム。

宜シク擧國一家子孫相傳ヘ、確ク神州ノ不滅ヲ信ジ、任重クシテ道遠キヲ念(おも)ヒ、總力ヲ將來ノ建設ニ傾ケ、道義ヲ篤クシ志操ヲ鞏(かた)クシ、誓テ國體ノ精華ヲ發揚シ、世界ノ進運ニ後(おく)レザラムコトヲ期スベシ。爾臣民、其レ克ク朕ガ意ヲ體セヨ。

〈現代語訳〉

私(昭和天皇)は、深く世界の大勢と帝国(日本)の現状とを考え、非常の措置を以って時局を収拾しようと思い、ここに忠良な国民に伝える。

私は日本政府をして米国・英国・中国・ソ連の四国に対し、その四国共同のポツダム宣言を受け入れるよう通告させた。

そもそも日本国民が平穏であるように図り、世界全体が共栄を楽しめるようにすることは、皇室の祖先が遺された規範であり、私も謹んで大事に守ってきた。

先に(昭和十六年十二月八日)米国と英国に対して開戦を宣告した理由も、また実に日本の独立と東アジアの安定とを念願してのことである。他国の主権を排するとか、領土を侵すようなことは、もとより私の意思ではない。

ところが、すでに交戦は四年に及び、私の統帥する陸海軍の将兵が勇敢に戦い、また私の任命した多数の官吏が勤勉に働き、さらに私の信頼する全日本人が奉公に努め、各々最善を尽くしている。

それにも拘らず、戦争の局面が容易に好転せず、世界の情勢も日本に有利な状況にならない。それだけでなく、敵(米国)は新たに残虐な原子爆弾を使用して、全く罪の無い庶民まで殺傷するに至り、その悲惨な被害は測り知れない。

それでも依然として交戦を継続するならば、ついに我が日本民族の滅亡をもたらすのみならず、やがて世界人類の文明をも破壊させることになりかねない。もしこのようなことになれば、どうして我が子のような全国民を守り、先祖の神々に謝罪することができるか(できない)。それゆえ、私は日本政府にポツダム宣言を受け入れさせたのである。

私は日本と志を共にして、常に東アジアで欧米からの解放に協力する盟友の国々に対し、遺憾の意を表明するほかない。また日本国民で戦場において戦死したり、職場において殉職したり、思いがけない戦災や被爆などで命を亡くした人々、及びその遺族たちのことに想いを致すと、自分の全身を引き裂かれるほどである。さらに戦場で傷を負ったり、戦災を受けて住む家や仕事を失った人々の生活を安定させることは、私が深く心を痛めるところである。

考えてみると、これから日本国家が受ける苦難は、当然大変なことにならざるをえない。国民の心情を私はよく判っているが、時の運がこうなった以上、耐え難いことを耐え忍び難きを忍ぶことによって、将来の世代のために、平和への道を開きたいと思う。

私はこうして、日本らしい国柄を守り通すことができ、忠良な国民の誠意を信頼して、常に皆さんと心を一緒にしている。だから、もし敗戦を知って、激情に走り無闇に争い事を起こしたり、或いは同じ国民が相手を陥れたりして時局を混乱させ、そのために正しい道を踏み誤り、世界から信頼を失うようなことになることを、最も戒めなければならない。

どうか国を挙げて一つの家のように団結して子々孫々に伝えてほしい。それには日本が神の守りたまう不滅の国であることを固く信じ、任務が重く道が遠いことをよく考えて、将来の建設に全力を注ぎ、道義を重んじ信念を固くして、日本らしい国柄の真髄を輝かせ、世界の進む動きに遅れないよう、決意して努力しなければならない。国民の皆さん、どうかよく私の真意を理解してほしい。

 

「最後の御前会議」(昭和20年8月14日の情景)

白川一郎画伯作(昭和46年)鈴木貫太郎記念館所蔵

*「終戦に関する詔書」抄(国立公文書館所蔵)

御名・御璽の次頁には、鈴木貫太郎首相はじめ十六名の副署がある。

 

機 No413 202608 所

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