「愛子天皇論」の現状と今後の変化
(京都産業大学名誉教授) 所 功
「皇室典範等の一部を改正する法律」が国会で成立してから一ヶ月半。その原案作成に深く関わってきたといわれる百地章教授が、最近(八月二十八日)「産経新聞」の「正論」欄に「典範改正への誤解・曲解を糺(ただ)す」と題する評論を出された。
その冒頭部分で、「賛成しておきながら皇室典範の「再改正」を求め(石破茂前首相)、憶測だけで「三年後に起きる愛子さま即位論」などと語る(所功氏)、無責任な発言が目につく。」と書かれていることを知り、いささか驚いている。
確かに石破前首相は、七月十日の衆議院本会議で法案に賛成票を投じながら、八月十三日にTBS・CSテレビで「皇室典範の再改正が必要だと述べた」、と伝えられている(tbs news dig)。そうであれば、一国の政治家として何とも情けない。もし本気で「国民の総意になっていない」と後でいうのであれば、せめて本会議場を退席して意思表示することくらいできたのではないか。それは百地教授から「無責任」と評されてもやむをえないであろう。
しかし、私への言及部分は、まさに「誤解・曲解」といわざるをえない。この括弧つき引用文は、『週刊女性』八月十八・二十五日合併号の特集「愛子さまを天皇に!―膨らむ期待の背景と実現度」に掲載された記事の一つで、編集者が付けた「『愛子天皇論』は早ければ三年でさらに高まる」という見出しから抄出されたものとみられる。
けれども、取材記者の書いた本文(私も原稿確認)を正確に引けば、「皇女愛子さまは、皇室典範が続く限り天皇になられませんが」という前提を指摘した上で、「今回の改正により婚姻後も皇族として皇室に残ることができます」から、「今後、愛子さまが皇族としての役割、つまりご両親を支えられることだけでなく、国内外でのおでましなどを重ね、国民の理解評価を高められると、「なぜあの方が天皇になれないのか」という声、あるいは即、天皇になれなくとも、「将来に備えて即位の可能性を広げるべきだ」という声が、早ければ三年、遅くとも五年くらいの間にだんだんと高まってくるのではないでしょうか」と、今後の見通しを述べたのである。
つまり、皇位継承者を皇統に属する男系の男子に限定する現行典範が続いている現在、内廷皇女の敬宮愛子内親王が天皇になられることは不可能なことを前提にして、今後このような一種の原理主義は持続困難だと判断するがゆえに、やがて「二十年~三十年先には、皇室の環境と国民の理解が整えば、(男女の別なく)長系長子優先も可能になる」と見通した上で、それよりも早く既に八0%前後の世論が待望する「愛子天皇論」が今後益々高まり、典範の「無理な制約を改め」る動きが数年以内に加速されるであろうとの予想を示したのであって、単なる「憶測」を語ったのではない。
もちろん、百地教授などが原理主義を固守すべきだと信じて今回のような改定を実現された立場から、それを批判する拙論を非難されるのは自由であるが、そのために見出しの一部を都合よく切り取って「無責任な発言」といわれるのは、フェアーでないように感じられる。 (令和八年八月三十日)

