積善の家を造るの家には必ず大慶あり



(HPかんせいPLAZA主筆) 所 功

六月四日(日)、モラロジー研究所では学祖廣池千九郎博士の命日(昭和十三年六月四日)にちなんで、この日を「伝統の日」と名づけ、学恩に感謝する集いが毎年盛大に行われている(来会者数千人)。

今年、その「学びの集い」における講演を理事長から依頼され、「天皇ご譲位の来歴と意義」につき講述させていただいた。そこで配布したレジュメ(A3版四頁)を末尾に掲出(貼付)したが、そこに挙げていない拙話の〝結び〟で引いた箴言(しんげん)について、少し解説を加えておこう。

 「積善の家には必ず余慶あり」(易経)

廣池博士は、昭和初年(今から約九〇年前)に仕上げた『道徳科学(モラロジー)の論文』(刊本全十冊)の中で、しばしば「積善」「大積善」「積善の家」の重要性を説いている。その基づく所は『周易』(易経)の「坤卦・文言伝」にある。

積善(善を積む)の家には必ず余慶(よろこび)あり。不善を積む家には必ず余殃(わざわい)あり。…

また周易の「繋辞下伝」には、「善積まざれば以て名を成すに足らず。悪積まざれば以て身を滅ぼすに足らず。小人は、小善をもって益なしとして為さず。小悪をもって傷なしとして去(す)てざるなり。…」などともみえる。

廣池博士は、これらを古代聖人の教訓として受け止めるだけでなく、「明治四十一年(一九〇八)私が中国にまいりましたときにも、孔子・顔回の子孫のほか、積善の人々の子孫が各地に存在しておることを見聞」し、また日本にも「積善の家多く存在して、数百年もしくは千年以上もその血統・家格ともに厳然と保持されておる」こと、就中「皇室は…ご祖先たる天照大神の絶大なる御聖徳と歴代天皇の最高道徳とによりて成り立ったもので、いわゆる大積善の余慶である」ことを確信している(第六巻三七七頁)。

「蒔かぬ種子は生えぬ」(杉浦重剛)

このような考えは、廣池博士だけに限らない。すでに博士自身、論文に「杉浦重剛先生の理学宗」という一節を設け、杉浦翁の晩年(大正十三年六月)に面会して拝聴した次のような談話記録を引いている(刊本第九冊七三~七四頁)

人間の道徳的行為は幸福を生じ、不道徳的行為は不幸を生ず。…その行為の累積の結果は、物理学のコンサーヴェイション・オブ・エナジー(conservation of energy)〈エネルギー保持の法則〉に当たる。…この考えを私(杉浦)は…理学宗と名づけているのである。わが日本の皇室の万世一系は、御歴代積善の結果にして、わが国体の尊厳は合理的なものである。…

確かに杉浦翁は、大正三年(一九一四、数え60)から七年間、皇太子裕仁親王のために特設された東宮御学問所で「倫理」を担当したが、その二年次二学期に「蒔(ま)かぬ種子は生えぬ」との題で次の如く進講している(『昭和天皇の学ばれた「倫理」』(平成二十八年、勉誠出版、一二〇~一二七頁)。

すなわち、「一国の帝王として幾千万の民を統(す)べて立たせ給ふに於ては、非常に重大なご辛労あらせらるべきこと」であって、それゆえ「教育勅語に皇祖皇宗の徳を樹つること深厚なることを仰せられ」ている。

その具体例として、神武天皇・垂仁天皇や後三条天皇・後醍醐天皇などの事績を挙げた上で、「積善の家には余慶あり」の格言を引き、「我が国の皇室は一百二十二代(当時)連綿として、常に仁愛、民を撫し、政に励ませ給ひ、…其の結果…国運の興隆する」に至った所以を平易に説いている。

「積善の家を造るの家」の重要性

このように廣池博士は、中国の古典に学び内外の歴史に照らして、「積善」の大切なこと、その典型が皇室に具現されていることなどを明らかにした上で、「積善の家及び積不善の家」と題して、「真の積善とは、まさに人心の開発もしくは救済のことをを指す。…故に年を積み代を累ねて〈父も子も孫の代にも続けて人心開発を行うこと〉これらの善事を行うものは、ついに積善の家となって万世不朽の家運を造り出す」と述べている(刊本第九冊一一三頁)。

また、「大善を行い一躍して聖位に登る」と題し、「微善を累積してついに積善の家を形造ることは、最高道徳において尊いこと」であり、とくに「学力・金力もしくは権力などの大なる人が、この最高道徳を聴いて大いに感動せられ、…その人の所有の力を傾注して最高道徳の普及を図るに至らば、…その人の徳はその人のあらゆる運命に現れて、その人及びその人の子孫を幸福にする」と論じている(同上三四四頁)

この考えを簡潔にまとめたとみられるのが、廣池博士遺墨集『八面玲瓏』(平成四年刊)に掲載されている

「造積善之家之家必有大慶」

という箴言である。

その意味は、善を積み重ねる人の家は、後で思いがけない慶び事に報われる、という一般的な因果関係を越えて、廣池博士の説く「人心の開発と救済」を実行し続け、関係する様々な人々の幸福を実現しようとする家(家系)を造ることに努める家は、やがて必ず大きな不朽の幸せを恵まれるにちがいない、ということであろう。しかも、そのような最高の大積善家が、日本の皇室にほかならない、と廣池博士は確信して最高道徳論を構築したものと考えられる。

なお、この箴言は、現理事長が結婚の際に用意された記念品の銘皿に入刻されている。

(平成二十九年六月五日記)

 

 

添付資料

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