著作目録と複写集成への取り組み



   著作目録と複写集成への取り組み

所  功(78)

 昭和十六年(一九四一)十二月生まれの私は、同三十五年春に大学へ進んでから満六十年になる。数えの傘寿を迎え、日本人男性の平均余命に近づいている。新年度からモラロジー研究所もフリーの客員となり、そろそろ身辺の片付けをしなければならない。
 そう感じ始めた矢先、新型冠状病毒(コロナウイルス)の世界的大流行(パンデミック)に襲われ、高齢者は在宅自粛するほかない状況になった。そこで、この機会に従来からメモしてきた「著作目録」の補訂に励んでいる。その最中に決心したのが、「未刊論考デジタル集成」(仮称)の編纂である。
 振り返れば、私は田舎の小中学校で国語と歴史が好きになり、高校で日本史の先生から「士規七則」の写本を頂いた。これは幕末の安政二年(一八五五)正月、吉田松陰(26歳)が従弟の玉木毅甫(15歳)のために書き贈った「成人」の心得書(原漢文)である。
その冒頭(前文)に、「冊子を披繙すれば、嘉言(名言)林の如く、躍々として人に迫る。……苟(まこと)に読みて之を行はば、則ち千万世と雖(いえど)も得て尽すべからず。……知る所ありて言はざること能はざるは、人の至情なり。」と述べた上で、松陰の愛読する古典(漢籍)に基づく教訓を七ヶ条に纏めている。
 七則は全て感銘深いが、とりわけ第五条に「人、古今(歴史)に通ぜず聖賢(先哲)を師とせずんば、則ち鄙夫(心の貧しい人)のみ。読書・尚友(良い本を読み優れた人を敬うこと)は君子の事(才徳ある人物の心得)なり。」と示されている。また、後文(要約)でも、「書を読み以て聖賢の訓(おしえ)を稽(かんが)ふ」(古典の現代的な意義を考える)ことを「成人」(品格の具わった大人)の三要件のひとつにあげている。
 これ以降、ますます読書好きとなり、岐阜の自宅から名古屋の大学への電車通学中(往復五時間)も、人文・社会両分野の文庫・新書などを手当り次第に読んだ。そして、強い印象を受け深い感動を覚えた文章や詩句を抄写するのみならず、それを盛り込んで拙文を書くことが、一種の習慣になってきた。
 そのような拙文は、一般的なエッセイ・評論から専門的な論文・ノートなどまで多岐にわたる。それを現在判明する限り年月順に列挙したのがA「論考総合目録(稿)」である。また、そこから既刊書籍Ⓚに収録ずみの論考◎を省除して、大まかな内容別①~⑨に整理したのがB「未刊論考分類目録(稿)」である。
 このA・B両目録(未定稿)をとりあえず添付公表する。これを通覧すると、六十年近い間に飽きることなく色々なことを書き続けてきたものだ、と我ながら少々驚かざるをえない。その中には、甚だ未熟・不備なものが多く、批判を受けたものも少くない。ただ、すべて自分としては、その時々に強い関心をもち、可能な限り調べて確かめえたことを、専門の方々にも一般の人々にも理解してほしい、との存念から鉛筆を走らせてきたつもりである。
 そこで、わが執筆人生を締め括る知的作業として、未刊論考を①~⑨に大別し、各々の複写を寄せ集め、そのうち既刊書籍を補うに足る主要なものを選び出し、それをデジタル版により出刊することができないか、と考え付いた。もちろん、これを成し遂げるには、多大な労力と細心の工夫を要する。
 よって、まず基本的な目録の作成と複写の収集を、研究助手の後藤真生氏に担当してもらい、また⑩として既刊書籍の各目次と序文・跋文などの集成を、伊勢青々塾友の野木邦夫氏に頼み、その⑩を未刊論考①~⑨との関連を掴む参考資料とする。
 率直なところ、これが完成するのに何年を要するか、それまで余命を保てるか判らない。ただ、現在および将来にわたり、日本の歴史・文化、とりわけ皇室について学び考えようとする方々に、少しでも役立つデジタル情報の提供が可能となるよう、懸命に努力したい。

〈令和二年(二〇二〇)五月一日初稿、十五日補訂〉

「所功著作目録(稿)」

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