「皇族数確保」政府案の必要度と法形式
京都産業大学名誉教授 所 功
いわゆる「皇族数確保の具体的方策」を実現しようとして、政府案に基づく国会論議がまもなく(今月十七日から)始まるに至った。
これ自体は一歩前進といえようが、成り行きは楽観できない。なぜなら、今何が必要であり、どういう形で立法化するか、まだ理解が共有されていないからである。
周知のとおり、政府は国会に三つの案を示した。ただ、その③の「皇統に属する男系の男子を法律で直接皇族とする」という案は、「現皇族の御意思は必要としない」というが、現在の「皇族方と何ら家族関係を有しないまま皇族となる」(別系統を創り出す)ことになり「困難な面があるので、①・②の方策では十分な皇族数を確保することができない場合に検討すべき」と先送りしている。
当面必要なこと 次代に備えること
従って、今回の主な検討対象は、①と②の案であり、与野党の多くも①・②両案を大旨是認していると伝えられる。しかし、両者の必要度は明らかに異なる。それを認識して、まず①案の実現を目指し、併せて②案も可能性を開き次代に備えることだと思われる。
すなわち、①案によれば、現に皇室で生まれ育った未婚の皇族女子(内親王・女王)が、内廷に一名、皇嗣家に一名、他の二宮家に三名おられるのだから、それらの方々が婚姻後も皇室に留まり皇族としての公的な役割を担いうるようになり、皇族数の減少を止められる方策とみられている。
ただ、その五名は、すでに結婚した方々と同様、一般男子と婚姻すれば皇籍を離れる、という現行典範のもとで生まれ育っているから、①案が法的に可能となっても、それに必ず従われることになるとは限らない。まして政府案のごとく、その夫も子も皇族としないということになれば、身分の違う家族が同居することがネックとなって、婚姻自体も結婚生活もスムーズに運ばないのではなかろうか。
一方、②案によれば、昭和二十二年(一九四七)に皇籍を離れた旧宮家(伏見宮系の十一家)は、男系男子で相続しえてきた数家が現存している。その中に若い男子が数人いる(今後も生まれる可能性がある)のだから、その男子を養子として皇族にすれば、皇族数を増やせる(やがて皇位継承のできる男子孫もえられる)とみられている。
しかし、その養子として皇族の身分になることを理解し諒解する人が(未成年なら親も)いるかどうか、公的な調査は行われていない(表向き行いえない)。まして現皇室の中で本当に養子縁組を希望される宮家があるかどうか、その意向確認は行われていない(表向き行いえない)。皇室でも民間でも、養子を取る側と出す側の十分な合意をえなければ、縁組は成り立たないであろう。
つまり、①案も②案も万全ではない。それゆえ、今回は暫定的に、まず①案で現存する皇族女子の減少を可能な限り留め、あわせて②案で養子縁組を可能性として、今後あらためて本格的な典範改正への道を拓くことに意味があると思われる。
事務局の提示する立法形式の試案
ところが、政府内の有識者会議事務局(皇室典範改正準備室)により作成されて、令和三年三月提出された資料(ネット公開)には、かなり疑問がある。これは参考資料にすぎないと思って、従来とりあげなかった。しかし、本日(五月十五日)『産経新聞』「正論」で、八木秀次氏(麗澤大学教授・憲法学者)は、この資料を都合よく活用しようとしているとみられるので、その問題点を指摘しておきたい。
まず①案に関しては(イ)「内親王・女王の人生に大きな影響を与えること」になり、また(ロ)皇族女子の「配偶者(夫)・子を皇族としない場合・・・一般の国民と等しく基本的人権がある」から「権利・自由を制約することは困難」などの問題があるので、時限的な特例法でなく「恒久的な制度とすることが適当ではないか」と指摘する。
これは一見もっともらしくみえるが、(イ)は後述の②案の養子皇族についても配慮を要することである。また(ロ)は皇族女子の夫も子も皇族にすることにすれば問題にならない。それにも拘わらず、①案を「恒久的な制度とする」(典範の本文を改正する意か)には相当時間を要するから、今回は不可能だと暗示しているように感じられる。
一方、②案に関しては、(ハ)養子縁組を「一定の期間に限」るか「恒久的に」するかの選択を指摘するが、それは八木氏によれば「恒久的な措置としないことを示唆している」から「特例法で対応することになろう」と見通している。
また、(ニ)「歴史上、先代天皇の直系ではない者が皇位を継承した例は五五例ある」のだから、八木氏によれば、「新たに皇位継承権を付与せず、子の代から付与すべきではとする(事務局案をそう解する)か、安定的な皇位継承の観点から妥当か・・・その検討が必要になる」と注意を促す。
これも一見もっともらしくみえるが、①案に対しては、皇族女子の夫も子も「皇族としない」としながら、②案の養子皇族は次代からであれ「男系男子孫が皇位継承の資格を付与されることを」当然としている。しかも、それは「特例法で対応」すればよいとして、今回成立可能と見込んでいるように思われる。
もしそうであるならば、事務局の資料を作る段階から影響力をもっていた八木氏のような人々の真意は、①案を不可とし②案なら実現できる、という結論に人々を誘導することにあるのかもしれないとさえ想われる。
それに対して私は、前述のとおり①案こそ当面必要であり、②案も将来に備えて検討可能とするために、暫定的な特例法を成立させる方向に進んでほしいと考えている。 (令和六年五月十五日記)