中国の「姓」と日本の「姓」の異同
京都産業大学名誉教授 所 功
現行〝民法〟の第七五〇条に「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏(どちらか)を称する」と定められている。この夫妻(親子)同氏を継続すべきか、夫妻(親子)別氏も選択できるようにすべきか、今や政治的な決着を求められている。
一方、本欄で先に説明したとおり、天皇(皇族)には「姓」も「氏」も無い。ところが、一般国民の「氏」を「姓」と称したり、皇室の氏姓は「男系」が原理だとか「女系」も可能だというような、誤解に立つ不毛な議論が混迷に陥っている。
そこで、今回は「姓」について調べ直すと、中国と日本の「姓」とは似て非なるものであり、日本のそれも前近代と近現代では全く異なることが判る。その違いを略述しよう。
まず、中国の「姓」については、落合淳思立命館大学講師の著『殷』(中公新書、平成二十七年)によれば、殷代に姓が見られず、周代の初期から「王侯貴族が妻や娘に姓を付して呼称した例が多く・・・表示する文字が女を部首とする」(姫・姜・妣・嬉など)、「当初は周王室の周辺に限定された婚姻組織だったが・・・(各地に)土着の諸侯や新興の貴族なども姓を必要とするようになり、二次的に姓を創始していった」という。
このように中国の姓は、王室でも諸侯などでも、祖先が共通すると信じられる「宗族」の自称である。しかし、「同姓不婚」(同族間の結婚を禁止)の原則と不可分だから、父系(男系)の姓が絶対視されてきたのである。
それに対して、日本の場合は、吉村武彦明治大学名誉教授の「ヤマト王権と氏族」(『古代学研究紀要』二一号、平成十二年。ネット公開)によれば、「日本列島では、中国と共通するような〝宗族〟は存在しなかった」。
それゆえ、「日本の氏は・・・あくまで王(大王)との政治的関係で結ばれた集団(の呼称)であるが、「自らは氏も姓も保有しない」大王(天皇)の立場から「氏姓を(豪族たちに)賜与し変更することは、天皇固有の権限になった」とみられる。
すなわち、古来の日本の姓は、中国のような自称ではなく、大王(天皇)から賜与されたもの(王権内の名族の地位を示す称号)である。ただ、その氏姓は、中国の影響を受けて、父系(男系)子孫により相続されることが多く、女性は結婚しても生家の氏姓を名乗るほかなかったので、いわば夫婦別姓であった。
しかし、明治以降、「姓」を廃して、一般の全国民は「氏」のみを家族の名(苗字)とした。それゆえ「民法」も「氏を称する」と定めているのである。
(令和七年六月三十日記)
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