平成の二十八年目を迎えるにあたり、皇室のと装道ゆかりの皆々さまの平安を、心からお祈り申し上げます。
我が国では、いろいろ難しい問題を抱えていますが、外国から来る人々には、「どこも安全で美しい。だれもが親切で優しい」と、意外なほど好印象を与えているようです。もちろん、そうでない現実も少なくありませんが、このような評価を裏切らないよう、さらなるレベルアップに向けて、各々の立場で努力したいと思います。
なぜ季節外れのネリネか
これから数年間、日本において国際的なイベントが数多く行われます。すでに今春、伊勢志摩で先進国首脳会議(サミット)が開かれます。それより大きいのは、四年先(二〇二〇)に再び東京で催されるオリンピック・パラリンピック(併せて略称O・P)です。
この東京O・Pに関して、昨年来いろいろトラブルが発生しています。しかし、何とか日本人らしい英知を活用して、昭和三十九年(一九六四)以上の成果をあげられるよう、みんなで協力しなければなりません。
そんな気持ちから、小さな一つの問題を敢えてとりあげます。最近の報道によれば、東京O・Pのメダリストに渡されるブーケ(花束)として、「ネリネ」(通称ダイアモンドリリー)が最有力とされています。
その理由は「五輪が開催される七月下旬から八月上旬の真夏に、十分出荷できる国産の花は、菊以外にほとんどない」ため、やむなく「アフリカ南部原産のダイアモンドリリーは、秋から冬に咲く花だが、これを夏に咲かせる試験栽培をする」というわけです。
ところが、園芸の専門家にれば、ヒガンバナ科の原名ネリネは、「花弁がきらきらと輝くことからダイアモンドリリーとも呼ばれ」るけれども、「球根の増殖がかなり悪く…初夏の頃に葉が枯れ、夏は休眠する」そうです。
とすれば、こんな季節外れの外来種を、なぜ無理に(おそらく多額の費用も注ぎ込んで)使う必要があるのか、素人の私には理解できません。
菊こそ日本らしさの象徴
近現代のオリンピック・パラリンピックは、単なるスポーツ競技会ではなく、参加選手が全力を発揮し、また主催国が総力をあげて「おもてなし」することにより、お互いの理解と評価を深めるチャンスです。
それゆえ、東京O・Pの主催国日本としては、本来の「日本らしさ」を様々の形で示す工夫をしなければなりません。その一つがビクトリー・ブーケだと考えれば、やはり世界に誇りうる日本らしい花を選ぶのが当然でありましょう。
しかも、先般来、マスコミで指摘されている通り、O・Pのブーケは「その国のデザイナーが」であり、現に二〇一二年のロンドンO・Pでは「イギリスの世界的デザイナー」シェーン・パッカー氏がバラ(英国の国花)を中心にしたエレガントな花束を作り、好評を博しています。
そうであれば、やはり菊こそ最も良いだろうと思われます。菊は古代中国で白い野菊と黄の甘菊が自然交配して新種に進化し、奈良末期ころ遣唐使により日本へもたらされたようです。平安以降、貴族にも庶民にも広く親しまれてきました。
その上、鎌倉初期の後鳥羽天皇などが愛好され、やがて明治以来、「十六弁八重表菊」が高貴な皇室の御紋章と定められています。また、世界各国の日本公館には菊の御紋章が掲げられ、さらに私どもの海外旅行に不可欠なパスポートの表紙にも、菊紋がデザインに用いられております。
従って、菊の花は、天皇を国家・国民統合の象徴と仰ぐ日本を表すのに一番ふさわしい、といって過言ではありません。しかも、菊は電照栽培により夏でも多彩な花を大量に咲かせることができますから、四年後の東京O・Pでは、メダリストへのブーケ用だけでなく、あらゆる会場にプロやアマチュアが丹精込めて育てた鉢植えなどを飾ってほしい、と強く念じております。
〈参考〉中尾佐助氏『花と木の文化史』(岩波新書)/額田巌氏『菊と桐』(東京美術)など
連載:「日本のソフトパワー」(隔月刊『装道』掲載) / 所 功