大御歌に観る昭和天皇の歩み 



大御歌に観る昭和天皇の歩み
京都産業大学名誉教授  所  功

「昭和百年」を振り返る
今年(二〇二五)は「昭和百年」にあたる。この機会に昭和天皇・昭和時代を振り返る企画が、すでに有力な紙誌などで行われているが、さらに色々な角度から光を当てる余地もあろう。
そこで私は、若いころ(昭和三十年代)から、毎年正月の「宮中歌会始」において披講される「大御歌」(御製)に関心を寄せてきたこともあり、公表ずみの御製を通して昭和天皇の足跡を辿ってみたいと思う。

既刊の昭和天皇御製集
それに先立って、昭和天皇の御製を集めた主な既刊の書籍につき、簡単な説明を加えておこう。
①坊城俊民氏『おゝみうた/今上陛下二二一首』(昭和六十一年三月、桜楓社)
②宮内庁侍従職編・徳川義寛氏解題『おほうなばら/昭和天皇御製集』(平成二年十月、読売新聞社)
③宮内庁編・岡野弘彦氏解説『昭和天皇御製集』(平成三年七月、講談社)
④副島広之氏著『御製に仰ぐ昭和天皇』(平成八年五月、善本社)
⑤田所泉氏『昭和天皇の和歌』(平成九年十二月、創樹社)
⑥秦澄美枝氏『昭和天皇/御製にたどるご生涯』(平成二十七年十二月、PHP研究所)
⑦所 功編著『昭和天皇の大御歌』(平成三十一年四月、角川書店)
このうち、まず①の著者坊城俊民氏は、藤原北家の勧修寺流を汲む旧伯爵家二十五代当主(一九一七~一九九〇)で、戦後長らく宮中歌会始の講師(こうじ)・披講会々長を務められた。本書は同氏『君し旅ゆく』(昭和五十九年、桜楓社)の改訂版である。
つぎに②は、編者の宮内庁侍従職が、一万首近いという現存御製から八六五首を公開された。解題を書かれた徳川義寛氏(一八〇六~一九九六)は、戦前(昭和十一年)から侍従を務め、入江相政氏(一九〇五~一九八五)の逝去後、侍従長に任じられている。題名は大正十一年(一九三二)の歌会始で公表された摂政宮の御歌(後掲2)によるものとみられる。
ついで③には、②の編纂にも関わり「昭和天皇の歌風」を寄せた歌会始選者の岡野弘彦氏「一九二四~満百歳」が、丹念な解説を書かれ、約七百首を精選されている。岡野氏の編著『昭和天皇御製―四季の歌』(平成十八年、同朋社メディアプラン)も参考になる。
さらに④⑤⑥は、個人的な敬仰の解説書である。④の副島広之氏(一九一三~二〇〇七)は、昭和十五年(一九四〇)から明治神宮に奉仕し、権宮司在任中(同五十六年)「日本を守る国民会議」の初代事務総長に就任されている。⑤の田所泉氏(一九三二~)は文芸評論家で、他に『昭和天皇の〝文学〟』(平成七年九月、風濤社)や『歌くらべ/明治天皇と昭和天皇』(同十一年、創樹社)もある。⑥の秦澄美枝氏は、日本文学の研究者で、他に『皇后美智子さま全御歌』(平成二十八年、新潮社)などもある。
なお、国民文化研究会編著『歴代天皇の御製集』(令和五年六月、致知出版社)は、五十九名の天皇の御製を抄出注解したもので、昭和天皇の御製十三首を採録されている。

新発見の歌稿も収録した拙編著
最後の➆は、私の編著であるが、未読者のために出版の経緯を略述しておこう。
宮内庁では、書陵部編修課において平成の初めから始めた『昭和天皇実録』の編纂を同二十六年(二〇一四)完成し、翌年から東京書籍より超廉価で出版された(全十八冊、他に索引一冊)。それを受贈し通読して驚いたのは、従来の御製集で殆ど年次しか判らなかった大御歌の大部分が、編年月日順の御事蹟を要約した網文=記事の中に引載されていることである。
そこで、その主要な御製と関係の記事を抄出して「『昭和天皇実録』に見る大御歌」を月刊『歴史研究』に十回連載した。すると、それに気付かれたのか、朝日新聞の宮内記者で国文学に明るい中田絢子さんから、独自に入手された鉛筆書きメモの解読に協力を求められた。そのメモは、昭和天皇に四十二年近く内舎人(うどねり、御身辺の御世話係)として仕えた牧野名(もりすけ)助氏が、崩御前後に吹上御所の御寝所で、いわばゴミとして廃棄された紙片の束を見付け、そのまゝ大事に保管されていたものである。
それを入念に読み解いてみると、昭和天皇が晩年の四年近く(昭和六十年十月~六十三年八月)折々詠まれた三十一文字(みそひともじ)を反故(ほご)紙に書かれた御自筆の草稿にちがいないと判明した。しかも、その二七三首は、既刊の①と平成二年(一九九〇)追加公表の四首に含まれていない未発表歌と判断できたのは、まことに不可思議な出来事というほかない。
そのころ、私は、『歴史研究』連載分を全十章に再編成して、平成の天皇御譲位までに角川書店より出版の準備中であったから、関係者のご諒解を賜り、この新発見分を「補章 晩年の直筆大御歌草稿」として全部収録することができた。既刊書の御製と類似の歌稿を同じとするか別とみなすかにより総数をみて異とするが、今のところ本書により合計一〇四二首ほどの大御歌を集大成するに至った。(令和七年正月七日稿)

朝日新聞記事「昭和天皇の直筆原稿 寄贈」平成2年(2019)9月5日Epson_20250109142947

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