皇室には姓が無い事実こそ重要



皇室には姓が無い事実こそ重要
京都産業大学名誉教授 所  功
快晴に恵まれた二月二十三日の「天皇誕生日」に、満六十六歳の今上陛下を中心にして、皇后陛下と皇女愛子内親王殿下、および秋篠宮文仁親王・同妃両殿下と佳子内親王・悠仁親王両殿下が、宮殿(長和殿)にお健やかな御姿を現された。各地から馳せ付けた一万五千余の一般参観者たちから祝福を受けられた。その様子をテレビや新聞で拝見し「お言葉」を拝聴して、ほとんど日本人が心安らぎ、おのずと幸せに感じたのではないか。

それは皇室の方々が一般の人々と異なる特別は存在だからであろう。「格別は」というのは、最高法令の「日本国憲法」をみても、第一章に「天皇」を特設して地位と役割を規定し、それとは別に第三章で「国民の権利及び義務」を規定する形を明文化しているからである。しかも「皇位(天皇の地位)は世襲のもの」と定められ(一般の国民に「世襲」規定は無い)、神武天皇以来の血統(皇統)に属すると信じられる御子孫により承け継がれていくものとされている。
ただ、その具体的は在り方などは、国会の議決した法律の「皇室典範」に委ねられた。そこに「皇位は皇統に属する男系の男子が、これを継承する」と定められており、皇室に生まれ育った皇族でも、「男系の男子」に限定されている。それは古来の歴代天皇が大多数「男子」であったからであろう。しかし、八方十代の「女帝」も実在されたのだから、「男系の女子」を認めることは何ら伝統に反しない、

それどころか、日本の皇室には、中国王朝のような「姓」がないから、本質的に男系も女系もないのである。古代に日本列島を統合された大和王権の「大王」(天皇)は、臣従した有力豪族たちに「姓氏」を下賜される唯一の存在であったから、自らは姓も氏も必要とされず、その御子孫(皇統)が今日まで続いている(拙稿「天子無姓論の認識と意義」日本学協会『日本』本年三月号所載参照)。
従って、現在の皇室にも、一般国民のような「氏」(名字)がない。それは内廷(いわば本家)の方々も宮家(いわば分家)の人々も同様であるから、皇室で生まれ育たれた皇族男女だけでなく、一般から皇室に迎えられる后妃も俗姓(生家の名字)が無くなり、単に「雅子」とか「紀子」と称される(宮家の称号は家名ではない)。されば、今後「皇族数の確保」に資するため、皇族女子が一般男子と結婚し新宮家の当主となられる場合、その夫となる男性も皇族になれば俗姓が無くなり、その子にも姓が無いから、いわゆる男系に移るようなことにはならないのである。
むしろ、その夫や子を皇族にしなければ、一般国民としての俗姓を称するほかない。そうなれば、新宮家に皇族身分の無姓当主と一般国民の有姓父子が同居する不自然な形にならざるをえないであろう。とすれば、当然のことながら内廷も宮家も、無姓で一体となって家族を営み、公務に努められることが望ましい。
ちなみに、一般国民の問題であるが、家族の一体性を持つため、夫婦親子の選択別姓に反対する人々は、新宮家で無姓の皇族と俗姓の国民が混在することに矛盾を感じられないのだろうか。            (令和八年二月二十六日記)

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