渡邉允元侍従長の遺著に見る的確な提言
京都産業大学名誉教授 所 功
令和四年の七月八日、五カ年前に八十五歳で他界された渡邉允元侍従長を偲ぶ会が帝国ホテルでしめやかに開催された。
私は平成十年(一九九八)高橋紘氏(共同通信社会部長)との共著『皇位継承』(文春新書一号)を書く前後から、渡邉侍従長に何度も貴重な御話を承ってきた。その御縁で参列させて頂いたが、直会(なおらい)の懇談で多くの方々も称賛されたのは、同氏の穏和な御人柄と勇敢な御仕事ぶりである。
渡邉氏(昭和十一年生まれ)は、外務省を経て宮内庁に入り、平成八年から十年半、最側近の侍従長を務められた。退官後も亡くなるまで十数年間、平成の天皇・皇后両陛下から全幅の信頼を寄せられていた。その奉仕体験に基づいて著されたのが、『天皇家の執事』(文藝春秋)である。
しかも二年後の平成二十三年(二〇一七)十月、それを文春文庫版として出す際に加えられた後書き「皇室の将来を考える」には、極めて重要な提言が含まれている。その一部を左に抄出しておこう。
㋑ 皇室は国民との関係で成り立つものです。天皇・皇后両陛下を中心に、何人かの皇族 の方が、両陛下をお助けになる形で、手分けして国民との接点を持たれ、国民のために 働いてくださる必要があります。
㋺ そこで、例えば、内親王さまが結婚されても、新しい宮家を立てて皇室に残られるこ とが可能になるように、皇室典範の手直しをする必要があると思います。・・・これは、 一日も早く解決すべき課題ではないでしょうか。
㋩ この問題は、皇位継承の問題とは切り離して考えるべきで、・・・仮に将来、結婚さ れた後も皇室に残られた女性皇族の方にお子さまがお生まれになった場合に、その方に 皇位継承があるかどうかは、将来の世代が、その時の状況に応じて決めるべき問題です。
これは当時侍従職御用掛(翌年から宮内庁参与)の要職にある方が、指摘されたのである。そこで、翌二十四年、政府(野田佳彦首相)は、皇族女子(内親王・女王)を当主とする宮家設立の可能性を開こうとしたが、まもなく政権交替により消え去った。
しかし、これが「一日も早く解決すべき課題」という認識は、五年後(平成二十九年)天皇の高齢退位(譲位)を可能にする「皇室典範特例法」案成立の際「附帯決議」に「女性宮家の創立」が明記された。それを承けて令和三年(二〇二一)作成された政府案が、五年後の現在にわかに法案化されようとしている。
ところが、その第一案では、皇族女子が一般男性と結婚後も皇族として皇室に留まれるようにするとしながら、その夫も子も一般国民のままに据え置くという。それは甚だ不自然であり、皇族数を増やすことにならない。この点は、渡邉氏提言㋩のごとく皇位継承資格の有無検討は将来世代い委ね、親子とも皇族として公務を分担して頂けるようにすることが当面必要なはずである。 (令和八年五月三十日記)

