その三
浄闇の遷宮を特別奉拝した感銘
宮中の新嘗祭・大嘗祭や神宮の三節祭(神嘗祭と6月・12月の月次祭)および遷宮祭は夜分”浄闇”の中で執り行われる。しかも、遷宮祭の場合、祭儀に奉仕する人々(祭主・大宮司以下の神職)は、前日午後、真新しい神宝・御装束と共に「川原の大祓」を受けた上で、当日の大役を務められる。
その二日午後三時半ころ、内宮正宮の石段下参道脇に仮設の奉拝所へ到り、幸いにも神宮参与・評議員席の最前列に着くことができた。前回は筵敷きに座り、ドナルド・キーン先生の話し相手をしながら、四時間余り出御を待った。今回は約三千人分すべて椅子席となり、皇学館卒業生で神社界に貢献している秋田のA君や群馬のGさん等と小声で談笑することができた。
そのうちに、各界から招かれた特別奉拝者が次々と着席された。外国人も少なくない。とりわけ最長老のD・K先生(91歳)が足取りも軽く入って来られたのには驚いた。早速ご挨拶に伺うと、二十年前ここで同席したことを良く覚えておられる。しかも、「これで四回目になりますが、日本人としては初めての奉拝に招かれ嬉しい」と言われ「日本文学研究者/鬼怒鳴門(キ・ドナルト)」と大書した新しい名刺を渡されて、二度ビックリした。
やがて、すっかり暗くなったが、快晴の空を仰げば、梢の合間に美しく星が輝き、正宮前石段の上下で焚かれる庭火に照らされて、若い神職さんたちが天照大神の渡御される道筋に筵を敷く姿も甲斐々々しい。ちなみに、二十年前の当日は満月にあたり、七時を過ぎても周囲が判るほどであった。今回は文字どおり浄闇に包まれ、ひときわ厳かに感じられた。
そして正八時直前、境内の庭火も電灯も一斉に消され、従来の正宮前で神職が「カケコー」の鶏鳴を三たび唱え、宮中から遣わされた勅使の掌典長が「出御」と三たび申しあげた。すると、大宮司・少宮司と禰宜十名が捧持する御神体(御神鏡を納めた御舟代)が白い絹垣に囲まれ、それを勅使が先導し、臨時祭主の黒田清子さまをはじめ神宝・御装束を手に持つ神職が前後に続き、皇族代表の秋篠宮殿下をはじめ各界代表の随従する長い行列が動き始め、旧宮の前から石段を降り、参道を東から西へとゆっくり進まれる。幸い最前列の中央にいた私共は、その参進列を間近にじっくり奉拝することができ、到底筆舌に尽くしえない感銘を覚えた。
その行列が西側の石段を昇り、御神体が新宮へ入御されるころ、なぜか五十鈴川の方から静かに風が吹きぬけた。この時、奉拝者の誰しも「神さまがお渡りになった」と感じられたにちがいない。
歌才の乏しい私は、毎年九月末日締切の宮中新年歌会始用に詠進する以外、ほとんど歌を詠むことがない。しかしながら、その場でこんな歌が思い浮かんだので、恥しながら書きとめておこう。
満天の星も寿ぐ御遷宮 白き絹垣(きんかい)おごそかに進む
絹垣の入御したまふ 新宮(にいみや)に 五十鈴川風さやかに渡る
その四
首相の遷宮参列へのコメント
このような遷御の儀が九時半ころ無事に終わった。そこで、さわやかな感動に包まれながら、マナーモードの携帯電話を開くと、何本も着信が入っていた。しかも、『東京新聞』の特報部記者から「締切が迫っている。至急連絡してほしい」とのCメールで付いていたので、やむなく電話すると、「安倍首相の遷御の儀参列について、どう思うか」という。
実は午後三時ころ、首相以下数名の閣僚が参列するとの報を神宮の方から聴いて、まことに結構なことだと思っていた。よって、その記者に対して、首相の参列は当然とコメントしたところ、翌三日の『東京新聞』朝刊に次のような要旨が載った。(カッコ内補足)「首相の伊勢神宮参拝は、(戦後も昭和四十年の佐藤首相以来)正月の恒例行事として国民に受け入れられている。遷御の儀(への参拝)もその延長線上(で行われた)にすぎない。」
このコメントに続けて「憲法は政教分離を原則とするが、社会的風習として国民的に許容されている行動を問題としないとする学説が(最高裁の津地鎮祭参列合憲判決以来)主流となっている。正月の(首相伊勢)参拝は(国民的な)初詣の位置づけで、今回の参列も国民が容認すれば問題ないという考えだ」と、私が話したことを解説に加えている。
また安倍首相も菅官房長官も、「これは私的参拝」と弁解している点について、私は「首相に公人も私人もない。(神宮への参拝には)国民的理解があるのだから、(首相としての参拝だと)はっきりいえばいい」とコメントした。むしろ願わくば、日本国の総理大臣は、主要な神社や寺院へお詣りすることにより、神さま・仏さまに額づいて、国家・国民のため一所懸命に働く覚悟を新たにしてほしいと思う。
その夜は、内宮に近い修養団の研修会館へ泊めて頂いた。同館には、遷御の儀に奉仕する臨時出仕として全国の神社から選ばれた神職百数十名が宿泊され、務めを終えた人々が次々と戻って来られた。そこへ伊勢文化舎の中村賢一代表が訪ねて来られ、ロング・インタビューを受けた(「いせびとニュース」などに掲載の由)。しかも、そこには修養団顧問の安嶋彌氏(元東宮大夫)やSYDシルバー・ボランティア代表の坂本大生氏などが同宿され、一緒にテレビの遷宮特別番組を視ながら、夜遅くまで懇談した。
(十月十五日、以下次回)