皇室の多彩な正月行事の掉尾を飾る「新年歌会始の儀」が十四日に行なわれ、その模様をNHKテレビにより視聴させて頂いた。何かと慌ただしい現代にも、ゆったりとした雅な和歌(やまとうた)の伝統文化が、こういう公的行事として宮中にしっかり生き続けていることは、誠にありがたい。
両陛下の御製と御歌
今年の御題は「本」、天皇陛下(八十一歳)は次のごとく詠まれた。
夕やみのせまる田に入り稔りたる 稲の根本に鎌をあてがふ
先代から吹上御苑にある小さな御田で営まれる昔ながらの稲作が活写されている。ここで刈り入れた米と粟は、伊勢神宮の神嘗祭や宮中の新嘗祭をはじめ、平素の御日供などに用いられるという。皇室では、今なお水田の米作りだけでなく、旱天に畑でも育つ粟作りが続けられている。これは非常時に備える古来の知恵といえよう。一方、皇后陛下(八〇歳)は次のごとく詠まれた。
来し方に本とふ文の林ありて その下陰に幾度いこひし
幼少時から読書によって何度も心の安らぎを得てこられた感謝の御心が如実に表わされている。皇后さまは平成一〇年(一九九八)「子供時代の読書の思い出」と題する御講演の中で、「本というものは、時に子供に安定の根を与え、時にどこへでも飛んでいける翼を与えてくれる」と読書の意義を明快に述べられておられる。
さまざまな本への想い
ついで皇太子殿下(五十四歳)は次のごとく詠まれた。
山あひの紅葉深まる学び舎に 本読み聞かす声はさやけし
昨年十月、山形県で催された全国育樹祭に行啓の際、ボランティアによる絵本の読み聞かせを覗かれて心打たれた御感想だという。ちなみに、選考の三枝昂之氏も次のごとく詠んでいる。
音読の声が生まれる一限目 明日へ遠くへ本がいざなふ
本(特に名文)を音読することも、それを聴きながら連想することも、確かに有意義なことだと思われる。さらに老若男女を問わず一般の詠進歌より選ばれた十首も素晴らしい。そのうち、新潟県の吉樂正雄さん(七十七歳)は次のごとく詠んでいる。
おさがりの本を持つ子はもたぬ子に 見せて戦後の授業はじまる
昭和二十三年(一九四八)に小学校に入った私も、従兄が丁寧に使った教科書を譲り受け、それすらない隣の子と見せあった昔がいとおしい。また最年少で選ばれた神奈川県の小林理央さん(十五歳)は次のごとく詠んでいる。
この本に全てがつまつてるわけぢやない だから私が続きを生きる
絵本であれ小説であれ、登場人物に共感して「物語その後」を想像したり、また生き方の縁(よすが)とすることもできるにちがいない。
新御題「人」に詠進しよう
このような新年歌会始の儀は、天皇の勅定された御題を詠み込み、陛下に献ずる、という世界に比類のない君民和楽の行事である。しかも、明治七年(一八七四)以来、それに国の内外を問わず誰でも詠進する道が開かれた。今回は二万一六五二首(うち外国から百四十六首)にのぼったという。
次回の新しい御題は「人」。この一文字を詠み込んで、今秋九月末までに一人一首、半紙に毛筆で清書して、宮内庁の詠進係あて郵送する。こんなに優雅な文化的営みに、ぜひ多くの方々が参加されることをお勧めしたい。
ちなみに、私は四十五年前から家内と共に詠進を続けているが、一度も入選したことはない。しかし、詠進歌は、毎回全部お手元に差し上げられ、両陛下がご覧下さるという。
連載:「日本のソフトパワー」(隔月刊『装道』掲載) / 所 功