天皇・皇族の行幸啓と公務の分担



天皇・皇族の行幸啓と公務の分担
京都産業大学名誉教授 所  功
象徴天皇の地位は「主権の存する日本国民の総意に基づく」と現行憲法に定められている。当面これを前提にして考えるほかないので、天皇は常に「国民の総意」に理解を得られるような「公的行為」に努められる必要があろう。
その具体的な主要例は、国内外へのお出ましである。とりわけ現在”四大行幸と称される○イ全国植樹祭・○ロ国民体育大会・○ハ全国豊かな海づくり大会・○二国民文化祭”は、可能な限り皇后も同伴され、その機会に近辺要所の視察も行われる。
このうち、○イは昭和二十五年(一九五〇)から、○ロは同二十一年から行われ、○ハは平成の天皇が皇太子の昭和五十六年(一九八一)から、○二は同様に同六十一年から始まり、○ハも○二も今上の天皇に引き継がれている。

わがふるさと岐阜県への四大行幸
たとえば、わが郷里の岐阜県へは、○イとして昭和三十四年(一九五九)四月と平成十八年(二〇〇六)五月、また○ロとして昭和四十年九月と平成二十四年九月、ついで○ハとして平成二十二年六月、さらに○二として平成十一年十月に両陛下の行幸啓があり、今秋十月にも○二の二周目のお出ましが予定されている。
このうち、○イの初回が郷里の自宅に近い谷汲(たにぐみ)山(現揖斐川町内)で催されると聞き、高校進学早々の私(17歳)は、友達と沿道で両陛下を垣間(かいま)見ることができた。それまで皇室に関心のなかった私が、車窓から御手を振られる両陛下の温顔に魅了され、不思議な感動を覚えた一瞬である。
その時お手植えされた杉と檜は、幸い順調に生育した。それを昭和五十一年(一九七六)岐阜市で開催の全国献血推進大会に行啓の皇太子・同妃両殿下が、谷汲で枝打ちをご覧になった。これを機縁として、翌年から全国育樹祭が始められた。親の世代に植えた樹を次の世代が育て上げていくような文化継承の在り方には、学ぶべき智恵がこめられている。

成年皇族みんなで多様な公務分担を
天皇・皇后は、このような全都道府県で持ち回りの行事をはじめ、国家・国民のために年間百回以上お出ましになる。それに次いで多いのは、皇太子(今は皇嗣)・同妃であり、他の成年男女皇族たちも、様々な公務を分担し、皇室と国民の懸け橋になっている。
ところが、現在その皇族は、天皇・皇后および皇嗣・同妃より若い方が七名にすぎない。そのうち、男性は今年九月に成年となられる悠仁親王のみであり、未婚の女性五名は、現行の「皇室典範」により、一般男性と婚姻すれば、皇籍を離れなければならない。
それゆえ、目下必要な方策は、皇族女子が今後結婚しても皇族の身分に留まり、皇室の公務を分担しうるようにすることである。また、その女子を当主とする宮家の夫も(皇族男子と結婚して妃となる一般女子と同様に)皇族の身分とすることである。(もし入夫が国民のままでは皇族として公務を分担することができない)。
この二点を法的に可能とすれば、今上陛下(64歳)が仮に二十六年後(二〇五〇)ころ高齢(90歳)を理由に譲位されても、十名前後の成年男女皇族により皇室の公務分担を維持できるのではないか。また、内廷の愛子内親王は、新設宮家の当主として御両親を助けられ、さらに秋篠宮家の内親王も三笠宮・高円宮両家の各一方も、当宮家を相続して天皇と皇嗣・悠仁親王を支えられることができよう。 (令和六年七月二十一日記)

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